暗黒騎士団剣文録

ペンが剣より強いのは、君との距離が近いから。

やがて君になる1~3巻総括 『恋』ってなんだ。『君』って誰だ。

今月27日に最新第四巻の発売を控えた『やがて君になる』。

個人的にかなり……いや相当唸らされた作品でありますので、最新刊発売の前に思った事をまとめておこうかと思います。

三巻までのネタバレをかなり含みますので未読の方はブラウザバック推奨。――というか各種端末を閉じて書店に走れ。

 

 

 

七海燈子という人間について

 

 

これは個人的な意見だが、この作品を考える上でまず最初に話すべきは七海燈子の事であるべきだと考えている。理由の一つは、彼女がこの作品において一番大きな「役割」を持ったキャラクターであるから。

なぜ彼女の持つ役割が大きいのかについては、単純にメインのキャラクターである小糸、七海、佐伯を並べた際に真ん中に置かれるポジションだから――というのもあるが、何よりも彼女の存在が「物語を動かしている」という点に尽きる。

七海燈子が小糸侑を好きになったから、七海燈子が姉の代わりとして「特別」を演じるようになったから、七海燈子が生徒会劇を復活させたから、七海燈子が小糸侑に「そのままでいてね」と言ったから――その他諸々。この『やがて君になる』という作品におけるストーリーの「波」は、殆どが彼女の言葉や行動が原因となって形作られている。

この作品の主人公は誰か、と問われればその答えは小糸侑で間違いないのだろうけれど、この作品の「核」は誰か?と問われれば七海燈子と答えるしかない。そういうキャラクター。

 

もう一つ七海燈子の事を考えておきたい理由として、彼女には未知の部分が多いという点が挙げられる。前述の通り彼女はこの作品においてかなり重要な役割を持ったキャラクターなのだが、小糸侑や佐伯沙弥香と比べると作品内で読み取れる情報があまりにも少ない。どこか表面をなぞっているだけのように感じてしまうというか、本心が掴めないというか――。

 

作者である仲谷鳰氏、担当の楠氏共にインタビューにおいて「燈子の内面をどこまで見せようか気を使った」「何を抱えていて、何を考えているかわからないようにした」と語っているし、七海燈子の視点や心情は丁寧に丁寧に――意図的に隠されながら話が進んでいるのだろう。だからこそ2巻10話~十話の流れで初めて語られた彼女の内面であったりモノローグがあれほどの重みを持っている。

「好き」が暴力的な言葉だということを知っていながら、「好き」が束縛する言葉だということを解っていながら、それを隠して小糸侑に「好き」だと言う。「好きでいさせて」と言う。「私を好きにならないで」と思う。そういう女なんだよ七海燈子は。彼女の内面が明かされる前と明かされた後では、彼女が今までに言ってきた台詞一つ一つの意味すらも変わってしまう。だからこそ彼女が「どこまで知っているのか」「どこまで解っているのか」、逆に「どこまで知らないのか」がこの作品のキーになっているんじゃないかな、と俺は考えている。

 

七海燈子は、佐伯沙弥香が自分への「好き」を押し殺して友人であり続けている事を知っているのかもしれない。小糸侑が「好きになりたい」という気持ちを諦めて自分のそばにいる事を解っているのかもしれない。これらはおそらくかなり重要な場面で明かされる事になるんだろうけれど……正直もう今から怖くて怖くて仕方がないよね。

 

両方知っていてあのムーヴだったらそれはもうそれはヤバい女なんですけど、実際一回やらかしてますからね七海燈子は。ていうか無自覚だったとしても自覚的だったとしてもあいつはとてつもない女だよ。

彼女については多分後で散々キレ散らかす事になると思うし、彼女の抱える未知を紐解くには他のキャラクターの話も不可欠なので、最初にさわりだけ話して一旦置いておきます。

 

 

 

今後の『核』としての佐伯沙弥香

 

 

七海燈子について考えると、それに付帯して佐伯沙弥香の事も考えなくてはならない。

百合のオタク達から「髪型が菱川」「言動が菱川枠」等好き放題言われている佐伯だが、最新巻において彼女の過去が明かされ、どうして七海燈子の事が好きなのかが明かされ、大人のレズビアンカップルの片割れという最早禁止級の超戦力をアドバイザーとして味方に付け、後輩のポテトを食う先輩属性が追加され、「七海燈子が『特別』である事をやめる日が来たら、自分が彼女に『好き』だと言えるかは解らない」という事を自覚している事が明かされ、三巻が半分くらい佐伯沙弥香強化パッチと化していたのは記憶に新しいかと思う。

個人的に一番驚いたのは「一番近くで見てきたからね」「私がついてるもの」等の強火幼馴染ムーヴを繰り出していたのに実際七海と会ったのは高校入ってからという事実なんだけど……

 

二巻後半から三巻中盤にかけて行われたこの佐伯沙弥香の単体性能向上は、個人的には今後物語の『核』が彼女に移っていくのを見越しての事なんじゃないか?と受け取っている。

その根拠として挙げられるのは、彼女の視点で描かれた三つのモノローグ。

 

燈子は誰のものにもならない

それでいい そのままでいて そのままでいてくれる間は

私が一番そばにいられるんだから (2巻 132項)

 

飲み込んだ言葉は育ち続けて

いつか胸を破るかもしれない (3巻 30頁)

 

充分だ 今はこれで

今はまだ このままで (3巻 52項)

 

 

 

注目すべきは、『今は』の部分。佐伯は現状、自分の気持ちよりも七海の気持ちを優先して、彼女に好意を抱いている事を隠している。(七海がそれに気付いてる可能性はあるんだけど!)けれどそれは『今は』の話で、『いつか』『このまま』の関係でいられなくなる時が来るかもしれない。それがいつなのかと言えば、「七海燈子の一番そばにいるのが自分でなくなった時」「七海燈子が誰かのものになった時」であり、そういった点から佐伯沙弥香は、七海燈子と小糸侑の関係を知った時、何らかのアクションを起こして「物語を動かす」キャラクターである事は間違いない。

 

前述した通り七海燈子の内面は丁寧に隠されているけれど、流石にずっと全てを隠したまま話を作る事はできない訳で。少しずつ彼女の未知が明かされるにつれて、七海燈子から「物語を動かす」力が失われていくのは避けられない。けれど物語を面白いと思わせるのに必要な要素は、やはり「未知」なのだ。どうなるか解らないからこそ楽しいし、続きが気になるもの。そこで第二の『核』としての佐伯沙弥香が必要になる。彼女はいつ、どのようにして七海と小糸の関係に気付くのか?気付いたとしてどのような動きをするのか?それによって三人の関係はどのように変化するのか?等、新しい「未知」は彼女を中心に構築される。

 

正直なところ、二人の関係に気付いた佐伯がどんな動きを見せるのか、俺自身さっぱり解っていないし予想もつかない。佐伯にも中学時代先輩から向けられた好意を受け入れ、最終的に一方的な我が儘でそれを断ち切られた経験があるので共感できるところはあるだろうし、「それが燈子のやりたい事なら」というスタンスを崩さず自分の気持ちを押し殺して協力してくれるかもしれないし、当然自分の好きな人間から『特別』を向けられている小糸侑に嫉妬する事もあるだろう。この予想もつかない「未知」の部分こそが、作品の『核』たり得るキャラクターに求められる絶対条件なのだ。

 

俺が思うにこの作品、七海燈子を中心に話が進み関係が構築されていく第一部、七海と小糸の関係に気付いた佐伯がどのように物語を動かすかの第二部、小糸が二人との関係にどういった決着を付けるのかの第三部、という風に三人全員が順番に核としての役割を持つ三部構成になるんじゃないかな。 

 

なんにせよ遂に表紙にまで顔を見せてきた佐伯沙弥香、彼女が現状七海→小糸の二人だけで完結している関係に何らかの関与をする事はほぼ決定的なので、今後一番目が離せないキャラクターになるのは間違いないだろう。

 

 

 

佐伯沙弥香の好意について

 

 
 
佐伯沙弥香は『特別』な七海燈子の事が好きで、七海燈子が言うところの「みんなにとっての特別」の『みんな』の代表が佐伯沙弥香であり、だからこそ七海は佐伯に失望されないよう努力するし、特別を演じ続ける。ただ佐伯が他の『みんな』と違う点は、七海燈子が本当は『特別』な人間ではなく、努力と演技の末に形作られた、ある種の歪な特別性を持った人間である、という事を知っているところにある。
 
『特別』な七海燈子しか知らずに彼女を好きだと思う事と、七海燈子が本当は『特別』でない事を知っていながら、それでも『特別』であろうとする彼女を好きだと思う事では、丸っきり意味が違ってくる。だから彼女の『好き』は、他の人間のそれと比べるとかなり『特別』なものであるという事は間違いない。
 
三巻において佐伯自身も疑問に思っていたが、彼女は七海燈子が『特別』であろうとするさまが好きでなのであって、もし七海が『特別』を演じる事をやめる時が来たら、果たして佐伯は七海に『好き』だと言えるのか……という問題がある。
 
結論から述べてしまうと、「言える」が個人的なアンサーだ。
 
その理由は幾つかあるが、まず一つ目は佐伯が「七海燈子の特別性そのものを好きになっている訳ではない」という事。
佐伯は七海が生徒会劇に拘る理由やその背景、そして彼女が陰に隠した恐怖心まで解った上で七海の隣に居る事を選んでいるし、つまるところそれは心のどこかで『特別』でない七海燈子、という存在に折り合いを付けている事に他ならない。もし彼女が七海燈子の特別性だけを好きになっているのだとしたら、「七海が本当は『特別』を演じているだけ」という事実に気付いた時に失望し、見限っているだろうから。
 
佐伯は理想を叶えるために努力する七海の姿に惹かれていて、七海にとっての理想は『特別』だった姉の姿であり、その優秀さを好いているところもあるんだろうけれど――もしこれから先、七海燈子の目指すものが変わって『特別』を演じる事をやめたとしても、新しい理想に向かって努力する七海の姿を佐伯はきっと『好き』だと思うのだろうし、改めてそんな彼女のそばに居る事を選ぶんじゃないだろうか。
 
 
二つ目の理由は、佐伯が自分の理想を七海に「押し付けない」という点にある。
佐伯沙弥香は、七海燈子がやりたいと思った事を自分の感情よりも優先する。言うなれば、「我慢のできる」女なのだ。
応援演説を自分ではなく小糸に頼みたいと言われればそれを受け入れるし、生徒会劇をやりたいと言えば協力するし、七海が『好き』を受け入れられないと知っているから自分の好意を隠す。七海が『特別』であろうとする事に協力するのも「七海燈子の理想を叶えるため」であり、「自分の理想の七海燈子でいてほしいから」というエゴイズム的理由ではない。(こういう我慢上手すぎるところがあるから七海と小糸の関係に気付いてもどう出てくるか読めない節はあるんだけど……)
佐伯にとっての理想は今の『特別』な七海なんだろうけれど、七海が姉の代わりとして生きる以外にやりたい事を見付けたら、きっと自分の理想なんてほっぽり出してそれを応援するんだろうし、それこそが前述した「新しい理想に向かう七海を好きになる」という事に繋がってくるんじゃないだろうか。
 
現状佐伯の理想とする七海燈子の姿と、七海燈子の理想とする七海燈子の姿(姉の代わりになれるような『特別』な存在)が一致しているから佐伯は自分の好意とエゴがごっちゃになってしまっているだけで、七海が自分の理想から切り離された時に初めて自分がどれだけ七海燈子の事が好きなのか、を認識できるのだと思う。
ていうかぶっちゃけ佐伯は七海の顔に一目惚れしてるんだから七海が何やってたって好きにはなると思うよ。
 
 
この「君が変わってしまっても君を好きなのは変わらない」という感情、これこそが七海燈子を姉の呪縛から解放する為に必要なものであり、今後ストーリーが「七海燈子を七海澪の『代わり』から解放する」という方向で進んでいくのだとしたら、その役割を担うのは佐伯沙弥香をおいて他には居るまい。
 
七海燈子は結局のところ「変化によって『好き』が失われること」を何よりも恐れているに過ぎない。自分が姉の代わりであろうとしているのだって、姉が亡くなった事で自分を含む多くの人間が姉に向けていた『好き』という感情が、行き場を失って消えていく事を恐れているからだ。だから七海は姉の代わりになり、その『好き』を繋ぎ止めようとしている。『好き』が失われる事のないように、『好き』を持たない小糸侑を求めている。弱い自分を曝け出しても、失望せず受け入れてくれる相手を求めている。
 
 だから誰かが七海に言ってやらなくちゃならないんだ。「『こういうあなたが好き』だけど、こうじゃなくなったとしてもあなたが好き」だって。
それは七海にとって「死んでも言われたくない」言葉なのかもしれないけれど、「死んだ人間にはもう言えない」言葉でもあるんだよ。
 
死人の仮面を被った七海燈子には、その言葉をいつかどこかでだれかに言われる義務がある。
確かに七海澪は立派で、『特別』で、そんな彼女の事が好きだった人間は大勢いたんだろう。――でも例え彼女が立派でなくたって、例え彼女が『特別』でなくなったって、七海澪の事を『好き』だと胸を張って言える奴もきっとどこかにいた筈だ。そしてそんな誰かの好意を、無下にするような人間ではなかった筈だ、七海澪は!
 誰かが一度言ってやらないといけないんだ……「本気で七海澪の代わりとして生きるつもりなら、そういう気持ちからも目を背けるな」って、都合良く七海澪の仮面を被って自分を守ろうとするのをやめろって……七海の仮面を引っぺがして、素顔に『好き』の平手打ちを食らわせてやらないといけないんだ……
 
それができる人間は――七海燈子が『特別』を演じているが、実際はそうでないという二面性を知っている人間は、この世界に小糸侑と佐伯沙弥香の二人しかいない。
小糸は「どっちの先輩のことも好きにならない」という答えを出した。じゃあ佐伯はどんな答えに辿りつくのか?全てを解決する答えは一つしかない。「どっちの燈子のことも好き」。そんな七海の気持ちを度外視した我が儘を佐伯が言えるのかは一つ大きな問題だけれど、言えるとしたらもう、佐伯しかいないんだよ……
 
そもそもなぁ七海燈子、お前は「誰に好きって言われてもどきどきしたことない」なんて言ってるけれど……
んなもん当たり前だろうが!!
お前は今「姉の代わり」として『特別』を演じながら生きているんだぞ、それはつまり『特別』なお前に向けられた『好き』は、実際のところお前じゃなく「七海澪」に向けられた『好き』なんだよ!!
自分の顔を、姿を見ながら自分でない誰かのことを『好き』だと言われて、他人への想いを告げられて……
「どきどき」なんて! する訳が!! ねぇだろ!!!
 
だからきっと必要なんだ、「本当の」七海燈子を探し出して、『好き』だと言ってやれる人間が……
 
でも七海燈子、こういう事まで全部解った上であの立ち振る舞いをしてる可能性も割とあるから恐ろしい女なんだよな……
 
 
……話が逸れた。いや逸れてはないか。
これは俺の贔屓目も多少入っているかもしれないけれど……三人の抱える全ての問題が解決した時、最後に七海の隣に居るのは佐伯だと思っている。「自分のエゴを一方的に相手に押し付けない、両者対等な恋愛」を七海に教えることができるのは佐伯だと思っている。七海燈子を「失われる『好き』の呪縛」から救うことができるのは佐伯だと思っている。
 
けれど七海燈子本人は「自らの抱えた問題が解決される」事なんて望んでいないし、「エゴを一方的に押し付ける恋」をしている事に自覚的でありながらそれをやめようとは全く思っていないし、誰かに「救われたい」だなんて考えた事すらないだろう。それにもし仮に『特別』な七海もそうでない七海も全部ひっくるめて好きだと言ってくれる人間が現れたとしても、七海が『特別』である事をやめる事で多くの人間から『好き』が失われる事は避けられないし、それを七海本人が許すはずもない。
 
ほんと難しい問題が山積みなんだよなこの作品……この辺の問題に向き合っていくのは佐伯じゃなくて小糸の役割なんだろうけど…… 
 七海燈子を取り巻く問題に向き合うことができるのが小糸で、解放された七海を受け入れる事ができるのは佐伯なんじゃないかなってのが今のところの解釈。ただ、七海が解放されるかどうかはまた別問題であって……七海燈子を取り巻く問題から七海燈子が解放される事を全く望んでいないのが七海燈子という人間で……あまりにも泥沼……
 
 
 
3巻表紙と第13話「降り籠める」の関係
 
 
小休止がてら、キャラの話は一旦置いといて表紙と単体エピソードの話でもしましょうか。お手元に「やがて君になる 単行本1~3巻」を用意してください。表紙が見えるように並べてね。
 
何か気付く事はありませんか? そう、絵が上手い。帯文があまりにエモい。解る~!
……ですが俺がまず言いたいのは、表紙絵において常に七海が左側で、小糸が右側だという事。全部横に並べて見るとすぐお解りになるかと思います。
 そしてもう一つ。両端にでっかく「やがて/君になる」と分けて載っけられたタイトル、その色に注目していただきたい。黒と白に分かれていますよね?右側=小糸側に配置された「やがて」は黒で、左側=七海側に配置された「君になる」は白。これは一体何の対比なのか?
皆さんもピンと来ているとは思いますが、個人的な解釈としては『好き』を知らない小糸が黒で、『好き』をもう知っている七海側が白、という対比だと考えています。
そこで「ん?」と思うのが3巻の表紙。七海と小糸の立ち位置は変わらないのに、何故か左右両方とも「黒」になっている。この意図は一体なんなのか。
配色の都合で別に意図なんかないでしょ、とか抜かした奴は頭をカチ割るからな。
 
 
 
ここからが本題。三巻の表紙絵を要素ごとに注目していくと、「雨があがって光が射し込んでいる」「一つしかない傘」「ベンチに並んで座る小糸と七海」「隣に自動販売機と紫陽花の花壇」等が見受けられる。これらより、表紙絵のシーンは13話「降り籠める」の少し後を描いたものと見て間違いないだろう。
という訳で、本項では13話の内容と照らし合わせる事で『何故タイトルが黒くなってしまったのか』について読み取っていきたい。
 
 
13話の内容をざっくり書き出すと「雨に降られた小糸侑が誰かの傘に入れてもらおうとするが、頼ろうとした相手には悉く別の相手がいて、最終的に七海燈子の傘に入れてもらい帰る事になる」という話。
 
この話で上手いなぁと思う点は、まぁ「降られる」と「振られる」がかかっているところもそうなのだが(俺はオタクなので言葉遊びが大好き!)一番は『やがて君になる』という作品のテーマを、形を変えて再提示してきたところだろう。
 
小糸が頼ろうとした二人――要するに朱里と姉にはそれぞれ先輩とヒロという「意中の相手」がいて、小糸はその『好き』の中に入って行けず一人取り残されてしまう。そこへ声をかけてくれたのが七海燈子。帰り道を二人で過ごす時間は楽しいと感じるが、小糸は七海を『好き』になってはいけない――。
 
13話において描かれたこの一連の流れは、『恋』が、『特別』が解らず『好き』に置き去りにされてしまう小糸侑と、その唯一の理解者である七海燈子、そして二人の関係という、作品の根幹的要素と一致する。13話は、1~2巻で描かれたこの作品の重要な要素を、1話の中に全てまとめた総集編回のような側面を持っているのだ。
 
要素は同じであれど形が違う事で総まとめ感や総集編っぽさを感じさせず、「そういえばこういう話で、こういう関係だったな」と読者の頭の中を整理させてくれるのはひとえに仲谷氏の卓越した技量の為せる技という他になく、ただただ脱帽するしかないのだが、結局これで解ったのは「話作りがこの上なく丁寧」という事であり、タイトルが黒くなった理由とはさっぱり関係がなくなってしまった。
 
 
しかしこうまで丁寧な作品に触れておきながら「解りませんでした」で済ませる訳にもいくまい。もう一度、今度は『黒』という要素に着目して13話を読んでみる。すると13話内に二箇所だけ、「異質」と言ってしまってもいいくらい印象的な台詞があった事に気が付いた。
 
その台詞は以下の二つだ。
 

「私のこと好きにならないで」 (66頁)

 

 「その嬉しいって」

「どういう意味?」 (87頁) 

 

具体的にどう異質なのかと言うと、これら二つの台詞は「黒い」モノローグによって表現されているのだ。1~3巻を見返したが、黒いモノローグが登場しているのはこの13話だけ。どう考えても、何らかの意図があるのは間違いない。黒いモノローグの意図を読み解く事で、黒くなったタイトルの意味もおのずと見えてくる筈だ。

 

 

二つの黒いモノローグについて、共通する点を挙げていこう。まず一つは、「七海燈子から小糸侑に向けられたものである」という点。貴重な七海のモノローグだ。とは言っても七海の視点で描かれたものではなく、小糸の視点から「見える」七海の心情である、という点には留意したい。

次に、両方とも「直接言葉にはしていない」という点。口から放たれてこそいないものの、別の言い回しであったり視線であったりを用いて、小糸侑に「伝わる」ように働きかけているのは間違いないのだが。

最後に、一番重要なのが両方とも「七海燈子のエゴイズムの塊」であるという点が挙げられる。「私の事を『特別』に思わないで」というのは、『特別』を知らない小糸侑という「七海燈子にとって理想の小糸侑」という存在を維持させる為のエゴでしかない。そこに小糸侑の自由意志を認める気はさらさらなく、七海本人は小糸を「束縛」している事を自覚した上でこの感情を向けている。

 

七海が小糸に対してエゴを押し付けがち、というのは本編においても明確に描写されており、その際「踏切」というギミックが頻出する。

具体例を挙げるとすれば1巻73~76頁の七海が初めて小糸にキスをするシーン、そして2巻155~156頁の「そのままの七海燈子」でいる事を拒否したシーン。どちらにおいても「遮断機が降下し、電車が通過する」という演出がなされており、これは「相手を踏み入れさせず、自分の感情を一方的に押し付けている」様を表しているのはまず間違いない。「小糸侑の望むそのままの七海燈子」になるつもりは全く微塵もないくせに、「自分の望むそのままの小糸侑」である事を彼女に強要し、理想のレールからほんの少しでもはみ出そうとしようものなら眼で、言葉で、遠回しに威圧し、牽制する。

もう誰もが感じている事だとは思うが、七海燈子はとてつもなく自分勝手な、利己主義な人間だ。「小糸侑の唯一の理解者」という立場を利用して、小糸の「先輩と離れたくない」という気持ちに付け込んで、彼女を束縛している事を自覚しながら自分勝手な『好き』を押し付けている。

そもそも七海燈子お前、出会って一週間かそこらの後輩に何の前触れもなく突然無許可でキスをするってとんでもない事だからな?!お前が顔の良い女じゃなかったらすべてがあの時点で終わってたからな?!

 

 

以上の点を踏まえて考えると、 1~2巻表紙までは「まぁ七海も初めて人を好きになったんだし、多少自分の気持ちに振り回されて我が儘になってしまうのも仕方ないよな!」という意味を込めて七海側に『好き』の象徴である白いタイトルが配置されていたが、「七海燈子はすべてを自覚した上で小糸侑を束縛している」という事が明かされたので3巻において「七海燈子のやっている事は小糸侑を使った自慰行為に過ぎず、相手を顧みない一方的なエゴの押し付けを『好き』や『恋』とは呼べない」という通告の意味で七海側の白いタイトルは剥奪されてしまったのではないだろうか?

つまり、「七海燈子は自分の我が儘を全て受け入れてくれる相手を求めているだけで、それは本当の『恋』ではない」という事を、仲谷氏や楠氏はタイトルの左半分を「黒くする」事で伝えかったのではないだろうか。

 

好きな人には我が儘を言いたくなるものだが、我が儘を言うだけでは『好き』は成立しないという事を俺はとある作品から学んだし、『好き』とエゴ――要するに『愛』と『自己中』は対なるもの、という事も学んだので、七海のそれが『好き』ではないという点に関しては同意できる。

しかし同じ作品から「『愛』と『自己中』は対なるものだが相反するものではなく、裏と表で繋がっている」という事、「誰の中にでも自己中な感情は存在している」という事も学んできたので、俺には七海燈子が小糸侑に向ける自己中心的な感情を糾弾する事はできないんだよな……七海が言ってる事、考えている事に割と頷いてしまう節もあるし……難しいな……

 

最後に少しだけ4巻の表紙についても。

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おいこれヤバいんじゃないのか?!

  • 左右両方『白く』なったタイトル
  • それを踏まえた上での右側小糸、左側佐伯というとてつもない配置
  • 小糸と佐伯は七海に視線を向けているが当の七海は自分の手元にしか興味がない
  • 極めつけは『わがままだ。あなたも わたしも。』という帯文 

ヤバいってこれ絶対ヤバい確実にヤバいとてつもなくヤバい明らかにヤバい、出るぞ人死にが、人死にが出るぞ!!

助けてくれ!まだ死にたくない!!ほんと命だけは勘弁してください、7月には芸カがあるしまだ原稿全然終わってないんです……死にたくないよ……人は喜びでしぬよ

 

 

 

叶こよみ→小糸侑の感情について

 

 何の前触れもなく推しカプの話してもいいすか?

 

俺結構「こよみ→侑」の感情は「もしあったら嬉しいな……」と思っているというか、

「割とあってもおかしくはないんじゃないか?」くらいには思っているというか、

もっと言うなら「まぁあるんだろうな」と認識しているし、ぶっちゃけ

「確実に『ある』」と思ってるよ。命賭けてもいい。

 

オタクが自カププレゼンする時のアレやります。

 

根拠1

 2巻77項の「……ありがと」の表情。これ見たら多分女と女の関係オタクは「あ~」って言ってくれると思います、確認して。

自分の書いた小説を一番最初に小糸に見せるってだけでも「お?」となってしまうのに承諾された時にこんな表情見せるもんだから「あ~!」としか言えなくなってしまうんだよな、その後そわそわごろごろしてる所も含めて「う~ん!」ってなってしまう、五億点加点です。

 

根拠2

1巻24~25項、3巻160~161項における、「侑 どうかした?」という台詞。

前者は告白に対し何と返事をしたら良いか解らず周りが見えていない状態で、後者は走る七海の姿に目を奪われ、周りが見えていない状態の小糸に対してかけた言葉。

どちらも直前にこよみが小糸の方を気にするように視線を向けるコマが挟まれているので、「ほんっと叶こよみお前小糸の事いっつも見てるんだな!!!」とニコニコしてしまう。小糸侑の微妙な変化に気付ける叶こよみは公式、公式です!

 

ちょっと脱線しますが、この

「侑 どうかした?」

「……んっと」

「ううん? どうもしないよ」

のシーン、1巻と3巻で台詞も間の取り方も全く同じなので、意図的に作られたシーンなのはほぼ間違いない。

注目すべきは、1巻では告白の返事の仕方が解らず「陰の中にいた」小糸に、3巻ではちゃんと「光が当たっている」。おそらくこれは、『好き』を知る前知った後の対比なのではないだろうか。

 

……とか言っていたら仲谷氏と楠氏のインタビューにおいて本当に意図的な演出である事が明かされました。この作品あらゆる描写に意味があるしあらゆる演出が意図的なんだよな、信用できる……

blog.livedoor.jp

 

根拠3

1巻130項の「好きって思われ続けてたらその気になるもんじゃない?」という台詞。

これ叶こよみ本人が誰かを好きって思い続けてないとそもそも出て来ない台詞じゃないですか???他人を励ます台詞なのに「その気になるもんだよ」じゃなくて「その気になるもんじゃない?」という若干願望の入ったような言い回しなのも気になるところ。

というか前述の「侑 どうかした?」のシーンにおいて1巻の時点で叶こよみには「光が当たっている」ので、彼女が『好き』を知っている人間なのはほぼ確定的。

 

そして叶は「男追いかけて高校選ぶとかよくやる……」という台詞から見るに好きな相手を無理して追い掛け回すタイプではないので、(そもそも好きな相手が男でない可能性もこの台詞から窺える)好きだと思い続けている相手は身近な存在に限定される。

……それって小糸侑では??

 

他にも叶は可愛い物が苦手、小糸は可愛いと言われるのが苦手、という点で「ん?!」となったり、二人の身長がほぼ同じなのを見て「あ~~!!」ってなったりしてます。侑こよはあるよ。叶は生徒会劇にガッツリ関わるみたいだしおそらく出番も増えるので、皆さんも是非侑とこよみの関係性にも是非目を向けて読んでみてください!

 

 

小糸侑が『好き』を知るということ

 

 

「小糸侑はAセクシャルか否か」という事柄は、この作品の読者間でしばしば議論が交わされているであろうと勝手に思っている。(あまり目にした事はないけれど)

個人的な考えを述べさせて貰うとすれば、「否」であると答えたい。

 

その根拠は1話の1頁目で最初から示されている。この作品を初めて読んだ時、俺と同じように「ん?」という引っ掛かりを覚えた人間はそう少なくない筈だ。

 

 

少女漫画やラブソングのことばは

キラキラしてて眩しくて

 

意味なら辞書を引かなくてもわかるけど

わたしのものになってはくれない (1巻 3頁)

 

 

一言だけ言わせてください、当たり前だ!!!

 

『好き』や『恋』がキラキラしてて眩しいのは!!

少女漫画やラブソングの中でだけ!!

 

『好き』ってさぁ、『恋』ってさぁ、『特別』ってさぁ、もっと面倒臭くて、どうしようもなくて、歪んでいて、自分や誰かの未来を殺してしまう呪いのようなものだろ!

エゴイズムと背中合わせで繋がっている、決して綺麗なんかじゃない感情だろ!

 

 お前小糸自分の先輩達を見てみろよ、『好きだから』相手に自分の理想を押し付けて、ひたすら我が儘を言う女!『好きだから』自分の感情を押し殺して、ずっと我慢を続ける女!これが『キラキラしてて眩しい』ものに見えるのか!!

一部の百合オタクにはキラキラして見えるんだろうけど!

 

そうなんだよ恋って、好きってそうなんだよ!『恋と戦争においてはあらゆる事が正当化される』だなんて言葉があるけれど、本当にその通りなの!!

我が儘になる事も、周りが見えなくなる事も、自分の本心を隠す事も、センチメンタルになる事も、素直になれない事もつい強く当たってしまう事も嫉妬してしまう事も!

全部『恋しているから』なんて陳腐な理由で正当化されるんだよ!!

 

小糸侑は『好き』が解らないんじゃなくて、「『好き』はもっと綺麗で劇的なもの」と思い込んで勝手にハードルを上げているだけだと思うんですよ、だから「好きにならないで」と言われても無意識に高鳴ってしまう自分の鼓動を自覚した時、七海燈子に執着する自分の姿を自覚した時、七海燈子を離さない為に偽りの言葉を吐く自分のずるさを自覚した時、そういう『キラキラしていない、眩しくない自分』に気付いた時に初めて『好き』という感情を知る事ができるんじゃないかな……と思ってます。

 

だれかを、なにかを、『好き』になるってきっと、すごく自分勝手で醜い事なんだと思う……だからこそ『好きを持たない』小糸侑に対してある種の優しさや美しさを見出してしまう七海燈子の気持ちは痛いほど解るし、解ってしまうからこそ彼女の行いを肯定する事は絶対にできない……否定する事だってできやしないけれど。どうしても頷いてしまう自分が居るから……

 

 

そもそも何なんだよ『好き』って。結局のところ『好き』ってのは自分の理想を満たしてくれる存在に対して一方的に、無責任に向ける感情じゃん、それは人間であったりコンテンツであったり様々だけど、一々許可取って好きになったりはしないわけじゃん、あまりにも自分本位が過ぎるだろ。どうしてそんな自分勝手な感情に対して価値を見出す事が出来るんだ?どうしてそんなエゴの塊を、至上のものとして感じる事ができるんだ?『友達以上恋人未満』という言葉の意味が解らない、『恋人』は『友達』よりも上だなんて一体誰が決めたんだ?『恋』ってそんな大層なものか?『恋人』になる為には『友達』や『親友』のステップを踏み越えて、置き去りにしていかなければならないのか?人間から人間に対して向けられるたった一つの特別な感情だけが『愛』なのか?一つのものを大切に、長い間使い続ける事だって愛の形じゃないのか?恋愛感情がなければ愛じゃないのか?みんなに向ける愛と個人に向ける愛は違ったかたちのものでなければいけないのか?接吻や性行為を伴わなければ愛とは呼べないのか?『愛』という巨大な感情の中に、友情や憎悪や憧憬や屈辱や服従や焦燥や嫉妬や信頼を含めてはいけないのか?解らない、俺に見えている『好き』のかたちと、世間一般の人々に見えている『好き』のかたちはきっと違う、自分自身今何が言いたいのかすらもう解らない……

 

多分、『好き』や『愛』に価値なんてないんだよ。でもそれは悪い意味ではなくて、太陽の光のまぶしさや雨上がりの道路のにおい、波の音や冬の寒さ、夜の静けさや雲の流れる速さ、時が過ぎゆく事や地球が青い事に対して誰であろうと価値や値段を付ける事ができないのと同じで、本当は『特別』なものなんかじゃないんだ……

 この世界つなぐものそれは愛だよ……

 

 

 

『やがて君になる』というタイトルについて考える

 

 

しんどくなってきたので最後に作品タイトルについての話をしよう。

この『やがて君になる』というタイトルに何らかの明確な意味が込められているのはまず間違いないのだが、ただぼうっと眺めているだけでは答えに辿り着けそうもない。

そこでタイトルを要素ごとに分解・考察し、再度組み立てていく手法を取りたいと思う。具体的には、『やがて/君に/なる』の三つに分けて考えていくものとする。

 

まずは『やがて』の部分について。

構成要素としては5Wの内の「いつ(When)」を表す部分と見ていいだろう。

この「やがて」という言葉、所謂古今異義語と呼ばれる類のものであり、時代によって持つ意味がかなり異なってくる。ぱっと思い浮かぶだけ書き出すと、

  • 間もなく
  • そのまま
  • ただちに
  • そのうちに
といったところか。少し考えているニュアンスとは違うが、個人的に取りたいのは「そのうちに」説。
理由としては、「やがて君になる」という作品が春から夏にかけての時間の移り変わりを作中で描いていること。季節が一つ過ぎる期間となると、もう「間もなく」や「ただちに」、「そのまま」という言葉の中には収まりきらない。当然まだ連載は続いているので秋や冬の話、数年後の話が語られる可能性もある訳で、そうなって来ると「そのうちに」くらいアバウトな時間指定である事が求められるのではないだろうか。
 
以上を前提とすると、タイトルの『やがて』が意味しているのは「具体的にいつだとまでは解らないが、そう遠くない将来」であると決め打ってもいいかもしれない。
 
 
続いて『君に』の部分。
5Wの内の「誰が(Who)」を表す部分であるのは間違いないが、「君」という二人称の言葉である事を踏まえると「誰に」という点も併せて考える必要があるだろう。
では具体的に、この「君」というのは誰から誰に向けられたものなのか?という点に注目して本編をまた一周してみたところ、とんでもない事に気付いてしまったのでここに記しておきたいと思う。
 
「だって私『君』のこと好きになりそう」
「『君』といるとどきどきするの
こんな気持ち誰にもなったことなかったのに」
「『君』はいつも私を許してくれるね」
「『君』ってほんと 優しい」
「私は『君』じゃなきゃやだけど
『君』はそうじゃないから」
「『君』の前でただの私に戻るのは居心地がいいけど……
みんなの前で特別でいることはやめられない」
「『君』はそのままでいてね」
「だから「好き」を持たない『君』が
世界で一番優しく見えた」

 

 
どう考えても意図的だろこれは!!
作中の重要なシーンにおいて七海燈子は小糸侑を「侑」でも「小糸さん」でもなく常に「君」と呼んでいる。これは明らかに意図的な演出であるし、タイトルの『君』と関係があるのも間違いない。
 
……という訳で、タイトルの『君』が「七海燈子から小糸侑に対して向けられたもの」であるのはほぼ確定。それすなわち『君』の正体が小糸侑であるという事にも繋がり、『やがて君になる』というタイトルが「七海燈子から小糸侑に向けて送られた言葉」であると読み取る事も自然と可能になってくる。
 
 
そして最後に『なる』の部分。
ここが何を意味しているのかによって七海が小糸に何を伝えたいのかも変わってきてしまうため、一番重要なポイントと言えるだろう。構成要素としては「What(何を)」を置くのが妥当か。
『なる』という文字だけ見て考えても何も思い浮かばないので、『なる』を変換して出てきた言葉を羅列してみる。
  • 鳴る
  • 成る
  • 生る
  • 為る

単語として成立しているものは以上四つであり、「成る」と「為る」はほぼ同義であるから実質三択だ。以上三つの『なる』でそれぞれ仮説を立て、前述した『やがて』『君に』の意味と繋がるような選択肢を探していこう。

 

まずは「鳴る」から。

人間から人間に対して鳴るものと言えば、『心臓』が一番妥当な答えではないだろうか。「鳴る」を『鼓動説』として仮置きしておく。

 

次に「生る」。

これは新たに生じる、実ができると言った意味の言葉なので、「生る」は『結実説』として仮置きする。

 

最後に「成る」及び「為る」。

出来上がる、ある状態から違った状態のものに変わる、という意味。『変化説』として仮置きする。

 

では実際に、先程読み解いた『やがて』『君に』の意味と照らし合わせて、以上三説の内どれが一番適切であるかを考えていきたいと思う。

まず真っ先に否定されるべきは鼓動説だろう。「君に鳴る」という事は「七海燈子の心臓が小糸侑に対して高鳴る」という事であり、それ自体なら何もおかしくないのだが、七海燈子の鼓動の話は第2話における「君といるとどきどきするの」という台詞や第9話『続・選択問題』において既に消化されているため、「やがて」という未来を指す部分と一致しない。

ていうか改めて考えると自分の胸に後輩の顔当てさせようとするってとんでもないセクハラだな、七海が顔の良い女だから許されているとはいえ……

 

もう一つ。これはメタ的な話だが、「鳴る」は他の二つと比べるとイントネーションが特殊であり、「鳴る」を採用してしまうとPVなどの公式媒体で読み上げられている『やがて君になる』という作品タイトルの発音と一致しなくなってしまう。これが根拠として通るかどうかはかなり微妙なところだが、どちらにしても時制の不一致を起こしてしまっている以上、鼓動説は切っても構わないだろう。

 

次に結実説について考える。この作品において結実するものと言えば何か?と考えた時、真っ先に浮かんでくるのは『恋』だろう。「恋が実を結ぶ」といった日本語がある事の他に、やがて君になるという作品が一貫して「恋愛作品」というジャンルに分けられている事も理由になるか。

とすると「やがて君になる」というタイトルは「近い将来小糸侑に恋が実る」と訳す事ができる。『君に』の解釈の仕方によっては、「『君』=小糸侑に対して恋が実る七海燈子」「小糸侑自身に恋が実るのを予感している七海燈子の視点」という二通りの受け取り方が可能だ。

「近い将来小糸侑に対して恋が実る七海燈子」だと既に七海は小糸に恋をしているので(だからこそ物語が始まった)また時制の不一致を起こしてしまうが、3巻表紙についての項で述べたように制作サイドは七海燈子の『恋』を認めていない可能性がまだあるので、七海→小糸の結実説を安易に否定する事はできない。今後二人の間のわだかまりが消え、対等な恋愛関係になる事の示唆かもしれないし。とりあえず保留。

 

 「近い将来小糸侑自身にも恋が実る事を予感している七海燈子の視点」という受け取り方だと時制の不一致は起こらず、意味としても問題なく通じるのだが、この説を採用すると「いずれ小糸侑が自分の事を好きになってしまうのを解っていながら束縛関係を続ける七海燈子」というトンデモ級の巨悪が誕生してしまうのである。
なぁこれ本当は七海燈子1から10まで全部解った上であのムーヴなんじゃないか?!自分の周りの女の感情を全て把握した上でそれを弄びながら自分だけ好き勝手に初恋を謳歌してるんじゃないのか?!
誰か早く七海燈子を止めた方がいいんじゃないのか!?
 
 
最後に変化説。
直訳すると「近い将来(七海燈子が)小糸侑に変化する」という意味になるのだが、本当に七海が小糸そのものになってしまうとそれは最早別ジャンルの作品なので、「小糸侑のような人間になる」という受け取り方が正しいかと。
では実際七海が小糸という人間に対してどのような印象を持っているのか、というと
  • 好きを知らない人
  • 自分を受け入れてくれる人
  • 自分を許してくれる優しい人

三つ挙げるならこんなところか。

 

つまるところ変化説を取った場合「やがて君になる」は「近い将来七海燈子は小糸侑のような、好きを知らない人間に戻る」「近い将来七海燈子は小糸侑のような、他人を受け入れられる、許せるような人間になる」という二通りの意味を持つ文章になる。
 
これらを前述の結実説と組み合わせて考えると、
「やがて小糸侑に恋が実り、それがきっかけで自身の中に芽生えた恋を捨ててしまう七海燈子(『好き』を知っている側と知らない側の逆転)」という悲恋ルート、そして
「やがて小糸侑に恋が実り、それを許し受け入れられるような人間に七海燈子が変わっていく(小糸の『好き』が七海を変える)」成就ルートという、
全く正反対な二つの解釈が可能になる。
 
これはおそらく「タイトルの意味について考えた時に作品の結末が解らないように」仲谷氏が意図的に仕掛けたトラップであり、俺はそれにまんまと引っかかってしまった形になる。七海が小糸の好意を受け入れるか否かは、結局のところストーリーを読み進めないと解らないのだ!!
 
でもこの真逆の二択は「やがて小糸侑に恋が実る」「やがて七海燈子が小糸侑のような人間に変わる」という二つの文脈を並べないと浮かび上がってこないものであり、つまり『やがて君になる』の『なる』の部分は「生る」と「為る」両方の意味を持っているダブルミーニングで、どちらか片方だけの漢字を置けないのであえてひらがなで表記する事でぼかしているという事なのでは……?
 
 
まとめると、『やがて君になる』という作品タイトルは「やがて小糸侑に恋心が実る」「やがて七海燈子が小糸侑のような人間に変化する」ダブルミーニングであり、具体的に七海が小糸のどのような面に影響を受けてどのように変化するのかまではさっぱり解らん、今後のストーリーを全力で読み解いていくしかない!というのが俺の結論です。という訳で早く4巻が読みたい!
 
 
とりあえず今回はここまで。4巻を読んで考えがまとまったら(後原稿が片付いたら)また何かしらの形で書くことになると思うので、その時お会いしましょう~
 
 
4巻を読んで悶え苦しむ僕の姿が見たい方はこちらまで→@ksk_kkr
 
 
 
追記
「小糸侑」と「Into you」で韻が踏めるので、そこのところよろしくお願いします。(?)