暗黒騎士団剣文録

ペンが剣より強いのは、君との距離が近いから。

舞台『やがて君になる』感想

どうかこの劇が終わった後も

観た人に 私たちに

何かが残っていてほしいと思います

(『やがて君になる』 第29話より)

 

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 人が先か、舞台が先か。何はともあれ観てきました、『舞台 やがて君になる』。

 以下、その感想を書き連ねていきます。読者は観劇済みかつ原作第40話まで読み終えているものという前提で書きますので、閲覧は自己責任で。

 「舞台に興味はあるけど事前情報なしで行くのは不安で……」って人は読んでもいいかも知れん。俺を信じろ。

 

 

 

 

 

 

 

 まず最初に一番重要な事言いますけど、大満足でした!!!!

いや~~~ほんとによかった。終わってホールが明るくなった瞬間に隣に座ってた友人オタクの肩をバッシバッシ叩くくらい良かった。(半ば殴ってたと思う)(オタクはボロ泣きやった)

 行くか迷ってるオタクにはこの時点で断言するけど、間違いない。行っとけ。

 俺はもう舞台に関しては満足も満足、大満足で、完全に気分が富裕層になっている。アニメも良い、スピンオフも良い、舞台も良い、こんな事あるか??あまりにもメディアミックスに恵まれ過ぎて逆に申し訳なくなってくるわ。

いやだって難しいじゃないですか、メディアミックスって。全部が全部上手くいく訳ではないし、下手したら上手くいかない事の方が多いまであるし、実際自ジャンルのそれが上手くいかず苦しんでいるオタクを結構見てきたし……なのにやが君ときたら全部が全部大当たりですよ。笑いが止まらん。どこ掘っても石油が噴き出すゴールドフィーバーで完全に大富豪になった。敗北を知りたい。嘘。一生知らんでいい。

 いやぶっちゃけ俺も観る前全く心配してなかったかと言われればそんな事はないんだけど。原作サイドも関わってるし、同じように不安だったアニメも良かったし大丈夫!と口では言っていたけれど、全く100パーセントそうではなかったのも事実です。だから不安に思う気持ちも解るつもりだけれど、でもこれはマジで観た方がいい。俺はやが君の事をガチの金鉱だと思っているけれど、それでも適当に掘ってたら石油なんか出ませんからね。(そもそも金鉱で石油出んくない?)後で詳しく書きますけど、舞台版はその辺アニメとは違った形で丁寧にアプローチしている。石油掘り当ててる。なのでみんなも舞台やが君を観て俺と一緒に大富豪になろう。(?)

 

 

 ここから本格的な感想に入っていきますけど、舞台やが君、キャラクターに対するイメージが原作とちょっと違うんですよね。原作のキャラがそのまま動いてたアニメ版と比べると、舞台に合わせてチューニングされてるような。ストーリーについて話す前に、印象に残ったキャラについて書いていきます。

 

小糸侑

 個人的に一番印象が変わったキャラクター。原作ではクール&クレバーというか、人生二周目のような落ち着きがあるというか、感情があまり表に出ない印象の人だったんですけど、舞台版ではキャピキャピ動いて表情も豊かで、かなり気持ちが前面に出ているような演技でした。かなりリアルな女子高生っぽいって言うか。舞台の小糸侑はソフトの大事な試合で負けたら泣きそうなイメージ。

 七海燈子を説得する時の、捲し立てるような喋り方が結構好き。感情が先走っている感が良い。舞台小糸侑、かなり「感情の人」なんですよね。よく動き、よく喋り、それ故によく解る人。「小糸侑」を一歩引いた立場から見る役割の菜月とか怜の存在が舞台ではなかったのもこの印象に拍車をかけてるかもしれん。

 

七海燈子

 とにかく圧巻の一言に尽きる。舞台のキャラで一番好き。

 小糸侑が結構動くキャラになっている分七海燈子に落ち着きがあり、原作での「17歳児」「顔の良い赤ちゃん」みたいな面が結構減り、ミステリアスな先輩キャラとして確立されていたように感じる。

 冗談抜きで舞台の七海燈子は強く、同行者と「あらゆる世界線で一番強い七海燈子を連れて来てしまった」「七海燈子バース最強の七海」みたいな話で盛り上がった。マジで圧倒的な威圧感がある。

  七年前の事故のせいで、「上手く大人になれなかった」のが原作七海だとしたら、「心に空洞を抱えたまま大人にならざるを得なかった」のが舞台七海という感じ。

特に表七海と裏七海(伝わるかこれ?)の演じ分けが凄まじく、演者の小泉萌香さんは大場ななもやってるって言うとレスラのオタクは大体納得してくれるだろうけど、とにかく大迫力。スイッチ一つで第二形態になる。舞台やが君、「七海燈子が舞台を支配している」と言っても過言ではないくらいです。

 

槙聖司

 楽しそう。いやほんとに!

 原作とアニメの槙聖司、「人の恋って本当に面白い……(不敵な微笑み)(掴みどころのない態度)」って感じなんですけど、舞台の槙聖司は「人の恋って本当に面白いなァ~~~!!(純粋)」みたいなウキウキ感が出ていて笑ってしまった。いやもうそんな面白いんやったらそら観客やるわなみたいな。ずっとウキウキの君でいてくれ。

 余談ですが、槙聖司が舞台の上から観客席に向かって独白をするシーン、「あ、やっぱり君は〝俺達〟ではないんですね……」という妙な納得感のようなものがあった。なんかこう、俺らと彼との隔絶のような何か……彼は役者じゃないけれど確かに役者であって、俺達は役者でない上に役者でもないので。

 

堂島卓

 舞台堂島、めっっっっっちゃ好き!!!!

 正直舞台観る前に最も懸念していた要素の一つが堂島だったんですよ。堂島についてのエピソードをやってる尺はないし、かと言って彼関連の話がなくなると彼だけ飛び抜けて存在感なくなっちゃわない?みたいな……。杞憂でしたね。存在感めちゃめちゃあった。

 原作の堂島って何かこう、アホだけどやや知的な雰囲気がある感じなんだけど、(やが君のキャラは基本総じて頭良さそうな雰囲気がある)舞台堂島は言葉悪いけど八割くらい増しでアホ!!!!って感じ。いるだけで雰囲気明るくなる。体育会系の男子高校生っぽさが出ててだいぶお気に入りです。

 返事する時一人だけ毎回ピッと手を伸ばすのと、女子率上がるの大歓迎のポーズ(?)が好き。あとはぶつぶつ言ってる叶こよみをほっといて朱里と一緒に捌けてくシーンの「二人してマジでなんも考えてなさそう」感とかもだいぶ面白い。

 

 

 特に印象的だったのはこの辺かな~~……。次はストーリーについて。

 いや、まぁ言いたい事は解る。最後の一人はストーリーと合わせて話していきます。

 

 

 

 舞台やが君のストーリー、ものすごく簡単に説明するとしたら、

 「『やがて君になる』any%バグなし最速攻略」みたな感じなんですよね。RTAみたい、という感想割と筋通ってると思う。

 RTAとか最速攻略とか書くとかなりイメージが悪いというか、「飛ばし飛ばしで適当にやってんじゃないの?」みたいな印象を抱くと思うんですけど、全然そんな事はない。むしろメチャクチャ上手い人のプレイ動画を観ているような気分で、「そこ短縮できんの?!」「あっここ繋がるんだ!」みたいな、隅から隅まで知っているはずのストーリーなのに新しい発見をさせてくれるんですよね舞台やが君。この作品のオタクであればあるほど新鮮な体験だと思う。

 やがて君になるを二時間で頭から終わりまで通すの、例えるなら「ブレスオブザワイルドとかSEKIROを二時間でクリアします!」って言ってるのと同じようなもんなんですけど、上手い人がやるとできてしまうんだな……という驚きと納得がある。

 俺は特に『降り籠める』の場面で七海と小糸が傘の影に隠れてキスするところとか完全に予想外だったから「ここキスできるルートあんの?!?!?!」って一人で驚き散らかしていた。あれ多分裏では「ストーリーの進行上三回目のキスイベントを発生させる必要がありますが、体育祭ルートに行ってしまうと時間的にロス。だから、ここで発生させる必要があったんですね」みたいな計算があったというか、チャートが見えるんですよ舞台やが君。相当練られてると思う。

 七海燈子の藤代書店訪問イベントをスルーしても、プラネタリウムは例えばバッグの「だいじなもの」に入るようなストーリー上必ず手に入るアイテムなので隙を見つけて七海燈子が贈ってくるところとか、「七海燈子はどの世界線でも必ず初手でプラネタリウムをぶちかましてくるんだから、実家イベント発生させなくてもプラネタリウムは手に入るんやなぁ」的な妙な納得があるもん。どの世界線でも初手でプラネタリウム贈る事への納得がある女、流石に何??

 一巻の侑燈Echo来店イベントをスルーすると、都店長の言う「可愛い子」が七海燈子から小糸侑に変わるんだな、みたいなところとか、原作を知ってないと気付かない細かい変更点も多い。なんだかんだカットされていても大筋は変わらないというか、「えっそうなるの!?」という驚きから「……そっかそうなるよな」という納得の、二段階で楽しめるところが多いんだよね。カットされたり改変されたりしても辻褄が合うというか、違和感が出ないよう丁寧に作られている。

 ぶっちゃけ言うと、舞台版はやがて君になるのNormalルートなんですよね。100%クリアではなく、キークエストだけこなしてエンディングを迎えた感じというか。今原作が向かおうとしているのが全ての要素を回収した100%クリアのTrueエンドというかPルートであり、舞台版は二時間という限られた時間の中で、侑と燈子の関係性に大きくスポットを当て、一つの作品として完成を目指したのが舞台版。

 Pルートのメディアミックスは既にアニメーション版が手を付けていたので、舞台版はNルートの方向からアプローチしてきてくれたのが嬉しかったんですよね俺は。アニメの出来に大満足だったので、同じ事をやられても反応に困るな……という気持ちがあり。アニメ版が原作の要素を一つ残らず拾い上げ、さらに補完までやってのけるという「足し算」のメディアミックスだったのに対し、舞台版は二時間の限られた尺の中で、やるエピソードとそうでないものを取捨選択し、一つの新しいエンディングを作り上げた「引き算」のメディアミックス。アプローチの方向は違えど、原作に対する深い理解度とリスペクトがあったのは両者共通しているところで、そこが完成度にも繋がったんじゃないかなと思っています。ありがたいことですよ本当……。

 舞台やがて君になる、「オルタナティブやがて君になる」というか、「もう一つの『やが君』」として文句のない出来でした。ありがとうございました。

 

 

 

 ここでちょっと最後に問題にしたいのは「引き算」の結果舞台の上に上がれなかった要素というか、正直に言うなら佐伯沙弥香に関する事です。

 佐伯沙弥香関連の話、だいぶなくなってたんですよ。それに伴って舞台版は佐伯沙弥香に関する印象もちょっと変わってきて、舞台の佐伯だったら俺はここまでのめり込んではいなかっただろうな、という感想です。だから何かこう、一部の佐伯オタクが首を傾げる気持ちも解るんですよ。でも俺は舞台の佐伯について、結構納得しています。

 その理由が前述した「舞台やが君はNルート」というところなんですけど、佐伯沙弥香についてやろうとするとまぁ時間がかかるんですよ。佐伯関連の話をもっとやりたかったけど泣く泣くカットした、という話は関係者の口から結構上がって来てますけど、仕方がないと思う。佐伯沙弥香、めちゃくちゃ時間を食います。なんなら佐伯の話だけで二時間の枠を食えると思う。

 佐伯沙弥香、レベルが上がると勝手に個別イベントを発生させてチャートが狂うので、必須イベント以外では経験値が入らないようにするしかないよなあ、という感じ。舞台版のコンセプトとあんまりマッチしないキャラクターだな、という納得がある。

 でも台詞のない場面でもちらっと七海燈子の事見てたり、舞台が暗転して場面が変わる時最後まで七海燈子の方を見てたり、(どんだけ七海の事見てんだ!?)舞台の高低を生かして三人で三角形作るところがあったり、尺は割けないけれどそれでも佐伯沙弥香をやろう!というところは伝わって来たので、扱いが悪いという訳ではないと思います。ただ焦ってたり悲壮感漂うところの比率が高くなっていたし、演技もそういう方向に合わせて調整されているように感じたので、あんまり好みの佐伯沙弥香像ではなかったのは確かなんですけど、Nルートの佐伯沙弥香としてはそうなるよな、と俺も思う。

 でもNルートの佐伯を見た事で逆に、Pルートに行くには佐伯沙弥香のレベルを上げて個別イベントもしっかりこなしていかないといけないんだな、という新しい方向性での納得を得る事ができたんだよね。佐伯沙弥香の持つ「物語を牽引する力」を再認識したというか、スピンオフが二つ出てグッズが即完売するような超強力キャラクターとしての魅力はどこなのかとか、新しい視点で考えられるようになった。

 佐伯沙弥香を「三人目の主人公」にするか、「一番目立つサブキャラ」にするかでかなり大きな、それも多数の分岐が生まれる事になるし、改めて佐伯沙弥香という人間の持つ圧倒的なポテンシャルについて考える事ができるようになったし、俺は彼女のそういう所も惹かれるポイントの一つなんだと思います。

 

 

 舞台やが君、「もう一つの『やがて君になる』」としてあまりに秀逸なので、舞台を観るとやが君に対しての視野が広がるというか、新しい視点を持つことができる作品なんですよ。舞台を観る事で、既存の「やがて君になる」の見えなかった部分が見えてくるようになる。新しく考えるところが増えてくる。もう一度新鮮な気持ちで楽しめる。

 一つの作品としての完成度もさることながら、『やがて君になる』という作品をもっと好きになれるような素敵な舞台でした。舞台関係者の皆様のご尽力に心より感謝申し上げます。本当にありがとうございました!!